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2009年12月バックナンバー

「ケロッコ村」が振り込め詐欺防止にひと役
norichan (2009年12月24日 00:15)

このサイトでも何度か紹介している埼玉県坂戸市在住のアマガエルを擬人化したユーモア写真家・溝呂木芳さんの作品が、西入間防犯協会の振り込め詐欺防止活動にひと役買っています!下はその写真を使ったポケットティシューです。西入間警察署の入り口正面にはポスターも掲示されています。
溝呂木さんの話では、いっこうに減らない振り込め詐欺の防止に役立てられないかと「ケロッコ村」のカエルくんたちに協力をあおぎ、このような写真を創作したそうです。
カエルくんたちは冬眠してしまったため、溝呂木さんの「ケロッコ村」(撮影場所の某公園)通いもお休みで、来春まで拍子抜けの毎日とか。

kaeruTissue.jpg

溝呂木さんの「ケロッコ村」での撮影中の動画をYouTubeにアップしています。ご覧ください。http://www.youtube.com/watch?v=JDtYR4Yem3c


映画「人生に乾杯」
norichan (2009年12月15日 15:47)

映画という体験の続きです。ドキュメンタリー映画「精神」を観たときに、予告編でハンガリー映画の「人生に乾杯」をやりました。年金生活でやっていけない老夫婦が、ピストル片手に強盗をするという物語です。テーマとしてはありそうな話(?)で新味はないのですが、ふだんはあまり観る機会がないハンガリー映画であることと、若いころに観て共感した一連のアメリカン・ニューシネマ「俺たちに明日はない」とか「狼たちの午後」を思い出したりもして、先週土曜日の最終回を観にいきました。

監督はガーボル・ロホニという人で、長編第一作目、本国ハンガリーで大ヒットした映画です。年金生活者の困窮と、せっぱ詰まってはたらく強盗とその逃避行が、シリアスでなくむしろ軽やかなタッチで、ときにユーモアたっぷりに描かれていく、奇妙な味わいの映画です。ただ最後の最後に出てくるワンカットを見逃すと、大変なことになって、映画の主題を取り損ねることにもなりますので要注意。その前の伏線となる号泣シーンで涙でメガネが曇っていたり、うつむいてお菓子の袋を探っていたりすると、終わってから「自分は映画を観る資格がないんじゃないか」というくらい落ち込んでしまうこと請け合いです。

かくいうわたしが、そうでした。「この映画って、アメリカン・ニューシネマの世界だよね」と、エンディングは観なくもわかるみたいな思い入れから、肝心のカットを見過ごしていたのです!(涙で目がかすんでいたのも事実ですが・・・)

二人が銀行を襲うシーンでは、"俺たちに明日はない"のボニーとクライドがオーバーラップし、奥さんが「人生の心残りは一度でいいから海を見たかったこと」というセリフに、"真夜中のカウボーイ"でダスティン・ホフマン演じる"ネズミ"がマイアミ行きの長距離バスの中で死んでいくシーンを思い出したり、強盗を重ねて全国に指名手配された二人がアンチヒーローとして群衆から喝采を浴びるシーンに、"狼たちの午後"のアル・パチーノが重なったり・・・と、かっての映画の記憶が、目の前の映画のレイヤーになってわたしの目をおおっていたようです。

終わってから、一緒に観た友人から「泣いてソンしちゃったね」といわれて、ハッとわれに返った次第。「人生に乾杯」は、また一つ、映画という体験に"ほろ苦い失敗"の記憶を、こころの奥底に残してくれました。

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画像CLICK→拡大 詳細は、深谷シネマ http://fukayacinema.jp/


映画という体験
norichan (2009年12月13日 14:05)

映画館で映画を観るという習慣が、「深谷シネマ」を知ってから、とても日常的なものになりました。DVDをレンタルショップで借りてきて観るのもいいですが、やはり映画は映画館という非日常の闇につつまれて観る方がドキドキもワクワクもします。

そして深谷シネマのいいところは、埼北の地にありながら、さしたる宣伝もされず都心でもなかなか観られないような上質な映画にめぐりあえることです。そうした映画は、ほとんどDVDとしてレンタルショップに並ぶことはありません。

人それぞれに映画の見方というのはいろいろでしょうし、作品ごとに観たい動機や求める楽しみも異なるでしょう。最近わたしの個人的な思いとしては、映画という体験が意外に根深いところで記憶として自分の中に眠っているんだなということを気づかされた点です。自宅の居間で、あるいはPCでDVDを観ても、こうした思いを抱くことはなく、ストーリーを情報として消費しているだけのような気がします。

20代の頃のように映画館で映画を観る習慣を取り戻してから、いろいろな「気づき」が得られるようになりました。もちろん大半は、わたしの個人的な思い入れに過ぎないものかもしれませんが、映画という体験そのものが個人の実人生に重ね合わせて、きわめて個人的なものだと思います。

先日、深谷シネマで「精神」という精神障害者の実像に鋭く迫ったドキュメンタリー映画を観ました。監督は、ニューヨーク在住の映画作家・想田和弘さんです。外来の精神科診療所「こらーる岡山」に集うさまざまな患者たちの姿を、音楽もナレーションも排し、カメラを通して凝視し、つぶさに観察したドキュメンタリー映画です。その寡黙な映像の中に、患者たちの繊細な心の動きや、負った心の傷の深さ、苦しみから必死に抜けだそうとする癒しへの強い希望と意志が、たんたんと綴られていきます。

年間の自殺者が3万人を超え続ける"異常な国ニッポン"にあって、とりわけ格差やニート、ワーキング・プアといった暗澹たる時代閉塞の状況の中で、「生きるとはなにか」「正気と狂気に境はあるのか」といった根源的な問いかけを、ずしりと重くわたしの中に残しました。

併せて診療所の医師や看護師の現場を通して、小泉政権のもと、「障害者自立支援法」の名のもとに、「自己責任」「受益者負担」のかけ声で切り捨てられていった、福祉政策や社会構造の歪みも静かに告発されます。「精神」という精神科診療所にカメラを持ち込んだ類いまれなドキュメンタリー映画を観て、わたしは繊細であるがゆえに心を傷つけてしまった患者さんたちの背後に、壊れていく文明社会や政治権力の暴走と狂気を見た気がしました。

そして帰りに国道17号線を走りながら唐突に記憶の闇の中から浮かんできたのは、20代に心を熱くして観た、ジャン・リュック・ゴダールの初期の作品「勝手にしやがれ」「軽蔑」「アルファヴィル」でした。ドキュメンタリー映画「精神」から、なぜゴダールなのか、それはわたしにもわかりません。

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画像CLICK→拡大 詳細は、深谷シネマ http://fukayacinema.jp/



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