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映画という体験
norichan (2009年12月13日 14:05)

映画館で映画を観るという習慣が、「深谷シネマ」を知ってから、とても日常的なものになりました。DVDをレンタルショップで借りてきて観るのもいいですが、やはり映画は映画館という非日常の闇につつまれて観る方がドキドキもワクワクもします。

そして深谷シネマのいいところは、埼北の地にありながら、さしたる宣伝もされず都心でもなかなか観られないような上質な映画にめぐりあえることです。そうした映画は、ほとんどDVDとしてレンタルショップに並ぶことはありません。

人それぞれに映画の見方というのはいろいろでしょうし、作品ごとに観たい動機や求める楽しみも異なるでしょう。最近わたしの個人的な思いとしては、映画という体験が意外に根深いところで記憶として自分の中に眠っているんだなということを気づかされた点です。自宅の居間で、あるいはPCでDVDを観ても、こうした思いを抱くことはなく、ストーリーを情報として消費しているだけのような気がします。

20代の頃のように映画館で映画を観る習慣を取り戻してから、いろいろな「気づき」が得られるようになりました。もちろん大半は、わたしの個人的な思い入れに過ぎないものかもしれませんが、映画という体験そのものが個人の実人生に重ね合わせて、きわめて個人的なものだと思います。

先日、深谷シネマで「精神」という精神障害者の実像に鋭く迫ったドキュメンタリー映画を観ました。監督は、ニューヨーク在住の映画作家・想田和弘さんです。外来の精神科診療所「こらーる岡山」に集うさまざまな患者たちの姿を、音楽もナレーションも排し、カメラを通して凝視し、つぶさに観察したドキュメンタリー映画です。その寡黙な映像の中に、患者たちの繊細な心の動きや、負った心の傷の深さ、苦しみから必死に抜けだそうとする癒しへの強い希望と意志が、たんたんと綴られていきます。

年間の自殺者が3万人を超え続ける"異常な国ニッポン"にあって、とりわけ格差やニート、ワーキング・プアといった暗澹たる時代閉塞の状況の中で、「生きるとはなにか」「正気と狂気に境はあるのか」といった根源的な問いかけを、ずしりと重くわたしの中に残しました。

併せて診療所の医師や看護師の現場を通して、小泉政権のもと、「障害者自立支援法」の名のもとに、「自己責任」「受益者負担」のかけ声で切り捨てられていった、福祉政策や社会構造の歪みも静かに告発されます。「精神」という精神科診療所にカメラを持ち込んだ類いまれなドキュメンタリー映画を観て、わたしは繊細であるがゆえに心を傷つけてしまった患者さんたちの背後に、壊れていく文明社会や政治権力の暴走と狂気を見た気がしました。

そして帰りに国道17号線を走りながら唐突に記憶の闇の中から浮かんできたのは、20代に心を熱くして観た、ジャン・リュック・ゴダールの初期の作品「勝手にしやがれ」「軽蔑」「アルファヴィル」でした。ドキュメンタリー映画「精神」から、なぜゴダールなのか、それはわたしにもわかりません。

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画像CLICK→拡大 詳細は、深谷シネマ http://fukayacinema.jp/

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